【ベトナム旅行記 #3】ホーチミンの街を歩く(上)

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ベンタイン市場

ベトナム初日。

とりあえず僕たちは、ホテル周辺の観光地に向かうことにした。

まずは「ベンタイン市場」に向かう。

ベンタイン市場は、大きな建物の中にたくさんの露店が立ち並んでいるところだ。

売られているものは、お土産品もあれば、コーヒー豆や靴や骨董品のようなものまである。

ただ、とくに買うものはなかったので、そのまま市場を抜けて歩き続ける。

ホーチミンの広い歩道を歩く。

街路樹にはそれぞれ番号が割り振られている。

面白いオブジェクトも見つけた。

ものすごく大きな木もある。

ホーチミンはとにかく植物が多い。

ちなみに原付がよく走っているけど、みんなヘルメットを被っている。

どうやら法律で義務付けられているらしい。

原付で走っている人の3、4割はマスクをつけている。

排気ガス対策だろうか。

ベトナム戦争証跡博物館

歩いていると、「ベトナム戦争証跡博物館」についた。

ついたというより、ここを目指して歩いていた。

ソーマが「ここはいいよ」と勧めてくれたので、覗いてみることにした。

博物館の外には、当時使われていた戦車や爆弾の(おそらく)実物が置かれていた。

他にも、敷地内には鐘があって、観光客が鳴らしている。

平和の象徴だろうか。

中に入る。

入場料は40,000ドン(300円ほど)で安い

一階には、お土産屋さんなどのお店がいくつかあった。

ソーマが「前に来たときは、お店は無かったんだけど」と言う。

人も多かったので、すべての展示物は見れなかったけど、写真の展示をたくさん見て回った。

写真には「ベトナム戦争時の、枯葉剤の影響による先天異常をもった子供や大人の姿(だから点字ブロックが大きいのかも)」や、「泣きながら、爆撃から逃げ惑う人々の姿」「敵の陣地で、5、6人の仲間が死体となって目の前に横たわり、そして次は自分の番だというベトナム兵の恐怖の表情(戦場ジャーナリストが近くの草むらに隠れて撮影したもの)」「戦時中のほんのひととき、息をつくことができる兵士たちの安らかな表情」など、いろんなシーンが映っていた。

写真の内容が悲惨なものだったのと同時に、敵に見つかったら殺されるような状況下で、戦争の記録を写真として収める戦場ジャーナリストの仕事の貴重さを思い知った。

彼らがいなければ、この写真を見ることができないのだ。

つまり、知ることができないのだ。

知ることができないとは、個人の頭の中に、その出来事が存在しないのと同じだ。

当たり前のことだけど、目の前のリアルな写真を見ながら、その当たり前のことを強く感じた。

そして昔、日本人戦場ジャーナリストの身柄が拘束されたときに「それは、自分から戦場に行った彼らの自己責任だ」という批判が起こったことを思い出していた。

ブック・ストリート

博物館を出て、また歩く。

次の目的地は「ブック・ストリート」だ。

その名の通り、本屋さんがたくさん並んだ通りだ。

入り口で写真を撮っていると、きれいで不思議なメロディーが流れてきた。

演奏者の机の上に並んでいるのは、いろんな大きさや形の食器だ。

それを箸のようなもので叩いて、いろんな音色を出している。

とにかくきれいな音色で、個人的にものすごく惹きつけられたので動画を撮った。

ぜひ、見てほしい!

演奏を聴いたあとは、通りを歩く。

本屋にたくさん本が積まれている。

本を一冊開いてみた。

当たり前だけど、ベトナム語で書かれていたので読めなかった。

本を置き、ブックストリートを歩き終えたあとは、ホテルまで歩く。

歩道は原付で埋まり、点字ブロックがみんなの道になった

ホーチミンにはいろんな植物があるけど、こんな椿のつぼみのようなものも見つけた。

そして陽が暮れる。

露店はライトアップされていた。

見たことのない果物もたくさん売られている。

シャッターを切る手がとまらなかった。

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著者

栃木県在住の35歳。

双極性障害二型(完解済み)・同性愛者。

34年間住んでいた愛媛県から、栃木県に引っ越し、12年間続けた介助の仕事をやめて無職になる。精神安定剤代わりに始めた登山を、毎週続けているうちに、ニュージーランド1300kmのロングトレイルを歩くことができるようになった。フィリピン人の同性パートナーと一緒に生活をしながら、社会の壁を乗り越え、楽しい日々を送るため、人生をサバイバルしている。

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