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【信越トレイル ♯2】長野と新潟の県境をゆく6泊7日の山旅日記

もくじ

5日目

空腹で、パンをたくさん買う夢を見た。

実は、用意していた7日分の食料を計画的に食べていたんだけど、それでは足りなくて、昨日から空腹感をずっと感じていた。

今日はこれまで歩いた関田山脈を下山して、街に降りる。地図を見ると、「マルナカ」と道の駅とファミリーマートとヤマザキショップがある。

ここは田舎だけど、さすがに全部閉まっているということはないだろうと信じて、二食分の朝食を食べた。

出発すると、すぐに湿原のような場所にでた。そしてその先に沢もあったので、水を汲んだ。

今日でこの山脈は終わり。ここを降りたあとは、しばらく地上の舗装路を歩いて、最後に「苗場山」という2145mの山に登る。その山の頂上が、この「信越トレイル」のゴールだ。

久しぶりに下界に降りれるのが、嬉しかった。

最後のピーク「天水山」を過ぎて下っていると、最後の最後にきれいな景色が待っていた。

そして、七色の毛虫も見つけた。

木々のあいだから下界の景色が見えると、ホッとした。

でも、下界の車やバイクの音を聞いていると、降りるのが怖くもなってきた。頭の中にいろんな雑念が入り始める。

下界のことをあれこれ考えてたら、足をひねった。

そして、下山した。

しばらく歩いていると、こんな場所にでた!

「はっはっは、ビクトリーロードだ!」と気持ちよく歩いていると、急に熊の野太い声が聞こえた。

「まさか、こんなところにいるのか?」とフリーズしていると、田んぼに備え付けられた機械から出ていることに気がついた。

獣よけだ。びっくりしたぁ…。

熊の他にも、鳥の声や、パトカーのサイレン、ドラムを叩く音、カラスの声、銃声などバラエティ豊かだ。

信越トレイルのルートをここにひいてあるのは、この音声を楽しむためでもあるのか。おもしろい。

でも、思ったことがある。

「苗場山、遠くない…?」

苗場山はここから見える、山々の一番奥の一番高い山だ。関田山脈を終えて、この信越トレイルはほぼ終わったような気分でいたけれど、まだまだあるな…。

「森宮野原駅」に着いた。

駅の近くのマルナカで「コーラとビールとサラミとパンでも買おうかな!」と楽しみにしていたのだけど、いってみるとスーパーマーケットのマルナカではなく、個人商店の酒屋だった。

「それならば」と駅前の自動販売機でコーラを買おうと思ったら、故障していた。

「まさか…」

下界のお店が全部使えないアンラッキーが発生するのかと、恐れていたけど、道の駅はしっかり開いていた。しかも、かなりにぎわっている。

「そうか、今日は土曜日か」

久しぶりの文明社会。早速、久しぶりのちゃんとしたご飯を食べようと、食堂に入る。身体によさそうな温かいお茶が美味しい。

食堂の中は人だらけだったので、少し違和感を感じた。でもロングトレイルが終わればまたすぐに、この社会に溶け込んでいくんだな…。

ご飯のあとはファミリーマートで、パスタとビールを買った。そして、道の駅でパートナーへのお土産を買った。

買うタイミングを間違えたかもしれない。ザックが重たい。でも、これを無事に持ち帰ってパートナーに渡すぞと思うと、力が湧いた。

そして街を抜ける。

道の駅の人混みは疲れた。「やっとまた静かな場所に戻れる」と安心した。

さよなら街!

今日は暑い。汗が顔をダラダラ流れるけど、汗が顔を滑るのを感じたときに、自分に感覚があることを感じて、嬉しい気分になった。

森に入る。

森や山に入るとホッとする。五日間、山で生活していたので、心が山に適応しているんだろう。

だけど、僕は環境の変化にかなり弱い。愛媛から栃木に引っ越して半年が経つけど、まだ自分の家にいてもどこかソワソワしている。

これは山に適応したというよりも、人間のもともとの家に帰ってきたということなんだろうか。本能レベルでそれを感じているということなんだろうか。

森を抜けると、気持ちいい田園風景が広がっていた。

この道でカモシカに遭遇した!

このあとはひたすら舗装路を歩き続けた。

そして最後に森に入る。

宿まで九十九折りの道を下る

暗くなった森を歩き、やっと今夜のテント場に到着した。テント場の横の「かたくりの宿」の灯りをみてホッとした。

この宿には温泉がある。テントを張り終えるとすぐに温泉に向かった。

いうまでもなく温泉は最高だった。5日ぶりのお風呂からあがると、ロビーのベンチで1時間くらいパンフレットを見ながらのんびりした。館内は冷房が効いて涼しい。無料の冷えたミネラルウォーターもある。天国とはこの宿のことだ。

そのあとは、トイレの個室で30分くらいウトウトしていた。

「室・内・最・高」

宿の外にも「飲用可」の水道がある

テントに戻り、今日買ったビールを開ける。

疲れと酔いとビールの味が、3:3:3でミックスされたような、丁度いい心地よさを感じる。

この旅もいよいよ終盤にさしかかる。

不自由なほどのテントの狭さが、この瞬間を、唯一無二の、記憶に残る思い出に変えてくれる。ヘッドライトの薄明かりの中、心地のいい脱力感を感じた。

6日目

朝起きると、のどに少し違和感があった。

「ここまで来て風邪はひきたくない。あと2日なんだ」と少し焦る気持ちで、かたくりの宿の館内に入り、160円のアクエリアスを買った。

外を歩きながらアクエリアスを飲んでいると、身体が元に戻ってきた。栄養が足りてないのかもしれない。

そして、足に水ぶくれが5つできていた。昨日の長い舗装路歩きが効いたようだ。

今日の移動距離はほんの数キロメートル。観光気分で、今日のテント場までのんびり歩いた。

揺れる吊り橋を歩く
集落を抜ける
この日は距離も短く、観光ルートのような道を歩く
滝が現れる
滝の近くには食堂もある

そして今日の目的地「小赤沢楽養館テントサイト」に到着した。

テント場には信越トレイルハイカー専用の簡易トイレがある

このテントサイトには、レストランと温泉が併設されてある。

まずはレストランに行って「キノコそば」とコーラを注文した。

「お水とお茶も自由に飲んでいいですよ」といわれたので、両方ともコップに汲んで、キノコそばが来るのを待っていた。

窓の外は、小雨が降っている。

その景色を見ながら「やっとここまで来れた、あとは苗場山を登るだけだ」とホッとしていた。

そしてお姉さんが、キノコそばを僕の前に置いてくれた。

そのあとは、併設されている温泉に向かった。

赤茶けた色の温泉で、手でお湯を救うと鉄のような匂いがする。足の水膨れにしみて痛かったけど気持ちよかった。

館内でしばらくぼーっとした。

スタッフの人がいうには、一度温泉代の600円を払ったら「18時までは何度でも入れますよ」ということだったので、「また来ます」と伝えた。

外に出ると大雨だった。走って、テントの中に逃げ込む。

それ以降ずっと大雨で、テントに缶詰状態だった。

この信越トレイルで「家に帰りたい」と思ったことはほとんどなかったけど、やることもなく激しい雨の音に包まれていると、不安で、家に帰りたくなってきた。

さっきから僕にはずっと、明日が見えている。

最終日、苗場山登山口をスタートして越後湯沢駅にゴールし、家に帰るイメージばかりが頭に浮かんでやまない。

早く眠ってしまいたい。

最終日

いよいよこの日が来た!

「最終日」というのは、今日頑張ればいいだけの日。最後の力を振り絞る日。気力も感情もセーブする必要がない。ただただ、この瞬間を感じる日!

早速、歩き始める。

昨日の大雨で沢の水量がすごいことになっている。

一合目、二合目、三合目…と数えてゆく。この旅の終わりに向けてのカウントダウンみたいだ。

この山は有名な山なので、さすがに人が多い。何人かと話をした。

この山の頂上が信越トレイルのゴールだけど、登ったらもちろん、降りないといけない。そしてそのあと駅の近くのホテルまで、20kmほど舗装路を歩かないといけない。

タクシーを呼べるみたいだけど、お金がないのでタクシーは呼ばない。

それに、最後に限界まで歩いて辿り着いたホテルはどんな味がするのか、気になって仕方がない。

タクシーを呼ばなければ、お金を節約できるうえに、濃い思い出もつくれる。この一日を、人生に刻み付けたかった。

一歩一歩集中して歩いていると、九合目まで来ていた。

もう少し…。

そして山頂に辿り着いた。

着いた…。

「信越トレイルを歩き切ったんだ…」実感はなかった。

山頂には人が一人いた。昨日のテント場にいた人だ。昨日は大雨で話しかけるタイミングがなかったので話しかけてみると、どうやらその人も信越トレイルを歩き終えたようで、お互いに「お疲れ様でした」と声をかけあった。

そうしていると、おじちゃんとおばちゃんが登ってきた。

おじちゃんは大喜びの様子で、山頂の看板にかけよった。そしておばちゃんがバッグから折りたたんであった紙をとりだし、それをおじちゃんに渡した。

おじちゃんはその紙を、山頂の看板の横で広げる。紙には「百名山踏破」と書かれてあった。

そしておじちゃんとおばちゃんが看板の横で二人並んでポーズをとった。山頂で出会った「信越トレイルハイカー」がカメラのシャッターをきった。

どうやらこの苗場山が百名山最後の山だったようだ。すごい場面に遭遇した。

おじちゃんは、北海道から来たらしい。年齢は79歳。60歳ころから山に登り始めたらしく、今日百名山を踏破したということだった。

でも、そんなことよりも、そのおじちゃんの人柄に圧倒された。

ものすごく柔らかい雰囲気を持った人で、いい意味で子供のような、いや子供以上の笑顔をしていた。年相応の威圧感のようなものが、いい意味で、まるでない。

「そんなに山を登っていて、飽きたりしないんですか?」と僕が聞くと、「いやねぇ、もう、次の山を、どこを登ろうかと考えるとね、楽しみで楽しみで、仕方がないんだよねぇ!」と嬉しそうにいっていた。

とにかく、どう説明したらいいかわからないけど、いままで出会ったおじちゃんの中で、ずば抜けて柔らかい雰囲気をもっていて、感動した。

山頂近くに、お昼ご飯を食べれるテーブルとベンチがある

たくさん話したあと、信越トレイルハイカーの人は先に下山した。

僕とおじちゃん&おばちゃんはお昼ご飯を食べて、一緒に下山を開始した。

どうやらカナダやニュージーランドの山も歩いたことがあるらしくて、たくさん質問をした。北海道の山の話もしてくれた。

そしておばちゃんが、「下山したら車で駅まで乗せてあげられるよ」といってくれたけど、少し考えて「やっぱり、駅まで歩いたときの感動を味わいたいので、歩きます」と答えた。

そしたら、笑顔で「わかるよ」といってくれた。

一緒に歩くのが楽しかったけど、おじちゃんたちと僕の歩くペースは違っていたので、途中で別れた。

ここからまた一人だ。気を引き締めた。

下っていると、ものすごい雨が降ってきた。

登山道が沢のようになっている。ものすごく足場が悪い。気が引き締まる。

ふと、おじちゃんたちが心配になった。

だけど百名山を踏破したくらいだから、経験も知識も知恵もある。大丈夫だ。むしろ自分の心配をしないと…。

そして黙々と歩き続け、顔をあげた。下山口の雰囲気がする!

靴洗い場が用意されている

間違いない、下山口だ。これで山はおしまいだ!

広大な自然の中にいる小さな僕の口から、安堵のため息がでた。

おわった…。

そしてこれから長い舗装路歩きが始まる。

気がつけば空も晴れてきた。

「あぁー…」

「終わったな…」

爽やかな気分だった。

舗装路を歩いていると、僕を追い越していった車がとまった。

女の人が「乗る?」と声をかけてくれた。僕は「ありがとうございます、でも大丈夫です!」と丁寧に断った。

最後まで歩きたかったので、乗らなかったけど、乗ったら乗ったで面白い展開が待っていたかもしれない。だけど、どっちかしか選べない。僕は歩くほうを選んだ。自分の意志で選ぶことで、駅まで歩くという自分の選択に重みがでた。この先の道を歩くことが、たとえ辛かったとしても、そこには喜びがある。

そして、さっきのおじちゃんとおばちゃんの車がすれ違った。車は僕の横でとまり、おばちゃんに「乗る?」と聞かれたけど、僕の答えは決まっていた。

おじちゃんが「無理しないでね!GOGO!」と笑顔で手を振ってくれた。そして車が消えた。

おじちゃんたちとの時間は、本当にいい時間だった。

そのあとは舗装路をただひたすら歩いた。

駅に行くバス停があるけと無視して歩いた

人のいない田舎道。夕暮れの静かな風が、傷んだ身体に心地よく染み渡る。

しばらく歩くと、歩道のない長いトンネルがあって怖かった

日が沈んで、心細くなってきた。足の裏には水ぶくれがたくさん。破けたやつもある。痛い。膝関節も硬くなってきている。

一歩一歩の歩幅がとても小さい。でも、続けていればいつかは辿り着く。

越後湯沢駅にはお土産屋さんがたくさんある

下山口から5時間歩いて、ホテルに辿り着いた。

満足に歩けなくて床に座り込んだ。

「ここは部屋だ。ホテルの明るい部屋だ」座り込んだまま周りを見渡せば、シャワーがある、トイレがある、晩御飯もベッドもある。

傷んだ身体でゆっくりと動きながら、この部屋の一つ一つを確認した。

晩御飯を食べ、シャワーを浴び、まだ時刻は21時。寝ることもできるし、寝ずに起きておくこともできる。

どんな選択をしたとしても、その一つ一つが嬉しくてたまらない。

ゆっくりと部屋を歩き、ほてった身体をベットに横たえた。

あとは目を閉じた。

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著者

栃木県在住の34歳。
34年間住んでいた愛媛県から、栃木県に引っ越したばかり。仕事もやめて、無職になる。同性愛者・躁うつ病患者(現在は寛解している)。趣味は登山。フィリピン人のパートナーと生活しながら、社会の壁を乗り越え、楽しい日々を送るため、人生をサバイバルしている。

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