人生という壮大な、形のないものを思い浮かべるとき、無力感が真っ先に浮かび上がります。
ただ、イメージというものを使って人生を捉えることで、実際に起きる出来事は変わらなくても、人生が少し楽になることがあります。
僕の人生に対するイメージは「ガチャガチャのカプセル」です。
あの透明なカプセルの中に自分がいて、「運命」という名の神様の気まぐれで揺さぶられたり、回転させられたりして、カプセルの中にある他のものと混ぜこぜになるイメージです。
カプセルの中にある他のものとは、この世にあるもの、全てのものです。
目に見えるものも、「希望」のような目に見えないものも、人も物も、いろんなものです。
そしてゲームと違ってリセットされることがありません。いろんなものが混ぜこぜで、ぐちゃぐちゃになったあとに、リセットされて元の配置に戻るわけでもなく、更なる揺れや回転で、更にぐちゃぐちゃになっていきます。
自分が生きている限り、このカプセルが開くことはありません。
最近の僕はこんなイメージを人生に持っているので、人生に対して「完璧」な配置を求めることのナンセンスさや、今の続きが次になりそしてその先にまた次があるという「仕方なさ」、物事は自分の努力で動くというよりも、周りの環境や偶然のタイミングで成り立っているという「ある意味での諦め」というものが理解しやすくなりました。
そしてこんなイメージを持っているおかげで、少し自分を俯瞰してみることができるようになりました。
大きなストレスがかかったときは別ですが、小さな日常のストレスがかかったときは「カプセルのなかにいる小さな自分」を思い浮かべます。そして、カプセルのなかの小さな自分が転げて、透明なカプセルの壁に顔を打ちつけたり、カプセルの中にあった黄色いペンキが自分の背中にかかった様子をなんとなくイメージします。
イメージするといっても、うっすら、なんとなくといった感じです。
僕の場合はガチャガチャのカプセルですが、そんなふうに、壮大な人生に対する自分流のイメージを見つけることができたら、自分を少しだけ俯瞰できて、今よりも少しだけ生きやすくなるかもしれません。
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