【体験談】「ゲイバーで働くのってどんな感じ?」元店子が語ります

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こんにちは。

今回はゲイバーで働いていたときの体験談を話してみようと思います。

ちなみに僕はゲイです。20歳のときにゲイバーで働き始めました。でも僕はもともと、バーで働くようなタイプではないし、コミュニケーションも苦手な人間でした。

それでも働いていた理由は、初恋の人がゲイバーで働いていて、かっこいいなぁと思っていたからです。そして、初恋の人に振られたときのショックから立ち直れず、彼の面影を探し続け、彼のようになりたい、彼と同じ人間になりたいと、衝動的に、ゲイバーの面接を受けにいきました。

初恋のことや、同性愛のことについて書いた記事もあるので、よかったら読んでみてください。

もくじ

どうやって働くのか?

ゲイバーの面接と書きましたが、履歴書なんかは不要でした。

働くまでに、客として通っていたゲイバーがあったので、そこのママ(男性です)に「ここで働きたい」ということを伝えました。

「〇〇ちゃん(僕の源氏名です)、この仕事はお酒を飲んでお客さんと話すだけで、楽そうに見えるけど、そんなに甘いもんじゃないのよ。大丈夫なの?」と聞かれ、「僕は、楽そうだから働きたいんじゃありません、この仕事に強い憧れがあって、それで働いてみたいんです」と答えました。

するとママは「わかったわ」といって、働かせてくれることになりました。

最初なので、週に一日、土曜日だけの勤務で、時給は800円でした。

ゲイバーってどんなとこ?

ちなみにゲイバーの仕事と言えば、お客さんと「楽しくおしゃべりをする」「お酒を飲む」「人のカラオケを聞く&ときどき自分も歌う」の、この三つです。

基本的に、お客さんとおしゃべりをします。そして時々、お客さんからお酒を頂くことがあるので、そのときは飲みながら話します。カラオケもあるので、誰かが歌っていたら、それに合わせてリアクションもします。

僕たち、ゲイバーで働く側の人間のことを「店子(ミセコ)」いいます。ちなみに、同じ店子でも、家を借りている人のことは「店子(タナコ)」と呼ぶようです。

そして僕たち店子もお客さんもみんな、本名は隠して、源氏名で呼び合います。

ちなみに、僕の源氏名は「チン」でした。

チンちゃんと呼ばれていました。変な意味ではないですよ。名前の由来は説明すると長くなるので、ここでは省きます。

そして、出会いを求めてやってくる人もいるので、それぞれの好みのタイプを知っておいて、そのタイプの人が来たら、お互いに話すようにさり気なく場をセッティングするというようなことも(僕以外は)やっていました。僕は、不器用だったので、そんな高度なテクニックは使えませんでした。

一緒に働いた店子たち

その時は、僕とママを含めて、合計4人の店子がいました。

Iさんという店子は、ママに次ぐ二番手という立ち位置。彼は、ほぼ毎日、お店に入っていました。頭が坊主で、ちょっとふくよかな彼は、頭がよく切れる。喋るのが得意で、テンションが高く、バンバン話していました。ちなみに、僕は彼に少し嫌われていました。

もう一人の店子、Мさんは、背が低く物静かな人間でした。タロット占いが得意で、お店のなかでも、タロット占いを軸に話を繰り広げていました。

ちなみにママは、頭が切れて話も面白いけど、同時にお店の状況も冷静によく見ていて、人をフォローするのがうまい人でした。

そして僕は、喋るのが下手で不器用なので、勢いで突っ走っていました。とにかく明るく元気よく、愛想よく、好かれるような対応を取り続けていました。

ママの言葉

お客さんからもらったお酒をガブガブ飲みながら、お客さんと話をしていたときのことでした。

ママが隙を見計らって、僕に近づきました。

「チンちゃん、お酒は胃じゃなくて頭で飲むものよ」

「お客さんからお酒をもらったら、飲まないといけないけど、言われるがままに飲んで酔っ払ったら、仕事にならないでしょ」「ペース配分を考えたり、隙を見計らって、お酒とお水を入れ替えたりしなきゃ」とママは僕にいいました。

なるほど。その言葉通り、お酒をもらっても、これは仕事で飲んでいるんだということを意識して、飲むようになりました。自分で、お酒とお水を入れ替えるタイミングが見つからないときは、他の店子がこっそり水と替えてくれたこともありました。

でも、僕には荷が重すぎた

そうやって仕事を教えてもらいながら、勢いで苦手なコミュニケーションを克服していましたが、勢いは勢いです。長くは続きませんでした。

2ヶ月ちょっと経ったときに、「もう無理だ」と思い、ママに仕事をやめたいと伝えにいきました。

「どうだった、この仕事は?」と聞かれ、「想像以上に大変でした」と答えました。「そう、でもチンちゃん、ちゃんと仕事できてたわよ」とやさしく受けとめてくれました。

そして、ママは僕にねぎらいの言葉をかけ、見送ってくれました。

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著者

栃木県在住の35歳。

34年間住んでいた愛媛県から、栃木県に引っ越し、ヘルパーの仕事をやめて無職になる。躁うつ病(完解済み)・同性愛・発達障害グレーゾーン当事者。趣味は登山で、ニュージーランド1300kmの歩き旅を終えたばかり。フィリピン人のパートナーと生活しながら、社会の壁を乗り越え、楽しい日々を送るため、人生をサバイバルしている。

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