【テアラロア Day61】なにもなくなってゆく

もくじ

気持ちのあり方

朝起きて、テントを出ると、こんな鳥があたりをウロウロしていた。

ウェカ

写真を撮ろうと、追いかけまわしたら、逃げるんだけど、そんなに大袈裟には逃げない。おそらく飛べない鳥のようだ。

しばらくして、出発する。

今日は前回登ったワイアウパス並みの、急な山を登る日だ。

ただ、昨日の夜から気合いが入っていたので、思ったよりも楽に登れた。やはり、精神が肉体を動かすのだ。

このテアラロアを歩き始めてから「気持ちのあり方が、どれだけ身体に影響を及ぼすのか」が、身に染みてわかるようになった。

ウェルダン!

山頂に着くと、おじちゃん&おばちゃんグループがいた。

挨拶をして話をする。

おじちゃんに「TAハイカー?」と聞かれたので、「そうです」と答えると、「Well done!!(よくここまで来た!)」と言ってくれた。

あぁ!ウェルダン!

「本当だ、よくここまで来たなぁ」と、急に実感が湧いてきた。ゴールまであと270km。

毎日、残りの距離と、歩いてきた距離を確認しては、「よくやってるなぁ、すごいなぁ!」と自分に言いきかせてきたけど、人に言われると実感が湧く。

ちなみに山頂からの景色もきれいで、余計に気分が明るくなった。

そしてしばらく山頂をウロウロしたあと、下山する。

世界最遅の男

途中にハットがあったので、のぞいてみることにした。

時間は12:00。もう誰もいないだろうと思っていたら、一人いた。

彼はテーブルでのんびりと日記を書いていた。軽量化が大事なロングトレイルなのに、重たい日記帳とペンを持っている。こだわりがありそうだ。

ちなみに北から南へ歩く人のことを「Sobo(ソーボー)」という。「サウス・バウンド」の略だ。ちなみに僕は「Nobo(ノーボー)」だ。

彼は自分のことを「Slowbo(スローボー)」と呼んでいた。歩くペースがとんでもなく遅いらしい。

どうやら去年の二月に北島の北から歩き始めて、一年後のいま、南島の北にあるこのハットに辿り着いたそうだ。

通常、北島と南島の両方を、5ヶ月で歩き終えられる。だけど、この人はテアラロアの半分を歩くのに一年をもかけたということだ。とんでもなくスローペースだ。

だから今日も12:00になるのに、まだ出発せずに、こうしてハットの中でのんびり日記を書いているわけだ。

ちなみに、このテアラロアを歩いているときに「いま、テアラロア史上最速の完歩を目指して、めちゃくちゃ早いペースで歩いている人がいるらしい」という噂を何度か聞いた。

その最速の男は、平均して一日100kmも歩く。歩くというか、走る。舗装路ではなく、テアラロアの山道を一日に100km走って、それを北島と南島の総距離3000kmが終わるまで毎日続けているという。

そしてスローボーの彼が言うには「彼はテアラロアの最難関リッチモンド山脈を1日半で終えたみたいだけど、僕は30日もかけた」ということだった。

どっちもすごい。

なにもなくなってゆく

そのあとも、トレイルを歩き続けた。

振り返ると、またこの鳥があとをつけてきていた

反対方向から来るハイカーは、あまり多くなかった。もしかしたら僕がクライストチャーチで一週間休んでいる間に、すでに多くの人が通り過ぎたのかもしれない。

快適な道だった。

テンポよく脚を運ぶ。

ふと、不思議な気分になった。

テアラロアをスタートしてから、ここまで脚を、とんでもない回数、動かしてきた。でも頭では、全然そんな感じがしなかった。

テアラロア上で起こった出来事も「何日前のことだったのか」記憶の距離感がまったくなかった。

ただ毎日歩き続けることで、頭の中にある記憶の距離感がどんどんなくなっていく。平坦になっていく。そして全ての出来事がみんな平等な大きさに変わってゆく。

僕は今どこにいるんだろう。

頭の中には日付も曜日も、複雑な出来事もなく、ただただ目の前に続く道だけがあった。

時間さえも止まっているような気がする。

なにもない頭の中に浮かぶ過去の記憶だけが、宝物だ。

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著者

栃木県在住の34歳。
34年間住んでいた愛媛県から、栃木県に引っ越したばかり。仕事もやめて、無職になる。同性愛者・躁うつ病患者(現在は寛解している)。趣味は登山。フィリピン人のパートナーと生活しながら、社会の壁を乗り越え、楽しい日々を送るため、人生をサバイバルしている。

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