創作活動をすると豊かな気持ちになれる理由

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創作をすると気持ちが豊かになる理由について語ろうと思う。

ちなみに僕は、詩集と写真集を出しているので、よかったらこっちもチェックしてね。

しあわせは常に一秒前にあった 僕はいつも気付くのが遅かった: 詩集 あの幸せだった毎日は 優しい君のせい: 詩集 君の隣にいる僕はバカみたい: 詩集 ニュージーランドを1300km歩いて見つけた絶景写真集

本題に戻るけど、理由はずばり「自分だけが体験してきた、自分だけのオリジナルがそのまま反映されるから」だと思う。

ちなみに、理由なんてどうでもいい話だと思うんだけど、この記事自体も作品の一つとして書いているので、作品として楽しんでほしい。

まず、創作には自分の人生の経験や体験、オリジナリティが反映される。

じゃあ何故、自分のオリジナリティが反映されると、嬉しくて豊かな気持ちになれるのかというと、「できる、できない」の世の中で、自分の限界性に気付いた人間が、オリジナリティを発揮することで、自分の価値のようなものを、自分ではっきりと認識できるからだと思う。

社会の中で生きる人は、大人も子供も、嫌でも比較競争の世界に入ることになる。

僕が子供のころに興味を持っていたものは、絵や詩やマラソンや工作、テニスなどいろいろある。

それをただ楽しんでいたいけど、途中で邪魔が入る。

友人や他人との競争になり、僕が住んでいた地区やもっと大きな場所から見た場合の自分のランクを意識するようになり、テレビやユーチューブを見ると「上には上がいる」というような、競争の上での果てしない話になってくる。

こうなると、自分にはなにも取り柄がないんじゃないのかと思えてくる。

僕ができる全てのことは、地球上の誰かがやれば全部できる。

自分はただのロボットになったような気分だ。

「僕の存在を、どう肯定したらいいかわからない」「僕の価値は、なんなのだ」と思えてくる。

でも、創作活動では全てがオリジナルだ。

絵を描くとしたら、筆の先についた水っぽい青色を、自分の身体をつかって、自分のタイミングで画用紙にたらす。

そのとき、くしゃみをして、その自分の身体の揺れからできた、青い絵の具の模様は、僕のオリジナルだ。くしゃみをしたのは、昨日の夜、寝るときに布団をかけないと判断した僕のオリジナルだ。布団をかけないと判断したのは、寒さに強くなりたいという欲求がある僕のオリジナルだ。

自分だからつくれた作品を眺めていると、じんわりと自分の存在を感じられる。自分の価値を信じられる。豊かな気持ちになれる…。

だからもっというと、創作活動をしていると豊かな気持ちになる理由は「自分の存在を感じられる」「自分の価値を信じられる」からだと思う。

「創作活動をすると自分の存在を感じられること」について、別の角度で説明しようと思う。

まず人間は孤独だ。

孤独というのは一人ぼっちのことをいうのではなく、自分と同じ人間は存在しないということ、つまり、自分は完全はオリジナルだと突き付けられることをいう。

別の表現をするなら「無重力の宇宙空間のなかを、上にも下にも左にも右にも、行けそうで行けずに、さまよっている」イメージだ。

「手でもがいても、地球だったら得られるはずの空気の反動が得られない」「どこかに行こうとしても、最初の一歩がない」それが孤独だと思う。

人間の孤独について、意識できているかどうかは別として、実はみんな孤独だ。

そんな中で、自分のオリジナリティを記す創作の世界には、空気がある。

なぜかというと、創作の世界は自分がつくった世界だからだ。現実の世界とは異なるから、空気という欲求を存在させることができる。

そして、空気が存在する創作の中では「手でもがいたときに、空気の反動が得られる。どこかへ進んでいる。飛んでいるような気分にさえなる」ように感じられる。

そして、空気の反動から自分の存在を感じられる

だから、創作をすることで豊かな気持ちになれる。

でもこうやって書いてみると、「自由で無限の可能性が広がるイメージ」の創作は、儚い人間の必死の叫びのように感じる。

「自由で無限の可能性が広がるイメージ」からは、遠い。

だけど、創作の世界のなかでつくりあげた「世界」に没入した人間の心には、無限の可能性が広がっている。

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(三つの詩集と写真集のページには、それぞれ6つほどのサンプルを載せているので、よかったら覗いてみてね)

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著者

栃木県在住の35歳。

双極性障害二型(完解済み)・同性愛者。

34年間住んでいた愛媛県から、栃木県に引っ越し、12年間続けた介助の仕事をやめて無職になる。精神安定剤代わりに始めた登山を、毎週続けているうちに、ニュージーランド1300kmのロングトレイルを歩くことができるようになった。フィリピン人の同性パートナーと一緒に生活をしながら、社会の壁を乗り越え、楽しい日々を送るため、人生をサバイバルしている。

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コメント一覧 (2件)

  • はじめまして。とても惹き込まれる記事でした。
    創作活動への様々な考え方に共感しますし、たとえや表現の幅が広くてすごいなと思いました。
    創作活動で自分の価値を信じられるという感覚は本当に分かります。
    特に創作が自分だけのオリジナルという感覚は普段から強く感じていて、だから創作する空間が心地良いのだと思います。
    自分だから作れる世界、より大切にしていきたいなと感じました。

    「この記事自体がひとつの作品」という考え方にも共感を覚えました。
    私自身ブログを書いていて、エッセイというひとつの作品でありたいという考え方が根底にあります。

    この記事の色んな部分に共感できて、読んでて楽しかったです。

    • こはるおとさん、はじめまして。
      めちゃくちゃ嬉しいコメントをありがとうございます!!

      僕は自分のことをブログで発信する一方で、他の人のブログや本などを読み、そこから「強く共感できること&他の人がまだ言語化できていないこと」を見つけると、自分の孤独感が薄れて、生きる力が湧いてきます。

      なので逆のパターンとして、こはるおとさんから共感のメッセージが届いたことは、嬉しかったし、自分の中で先鋭化された思いが誰かに届いたんだと、元気をもらいました!

      そして、創作活動をして自分の世界に入っているときは、自由を感じて、本当に心地いいですよね。僕も、世の中のいろんなものにあまり惑わされずに、自分のオリジナルに常に価値を感じ続けていたいです。

      嬉しいコメントを、ありがとうございました!

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